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ミドリセンチコガネ Phelotrupes auratus Motschulsky (甲虫目、コガネムシ科)



~金属光沢の美しい虫~
 動物のふん(糞)を丸い玉にしてころころと転がして運び、地表を掃除するスカラベ(聖タマコガネ)という昆虫がいます。遠い昔エジプトの王たちは、この昆虫が糞の玉を回転させて運ぶ様子を見て、彼らを地球の昼と夜をつかさどる神の使いとしてあがめていました。さらにフランスのJ.H.ファーブルも、この不思議な昆虫の行動と生活を「昆虫記」に書いています。このコガネムシのの仲間は成虫も幼虫もほ(哺)乳類の糞を食べて生活していますから、食糞製コガネムシ(糞虫・ふんちゅう)と呼ばれています。
 成虫は発見したけだもの(獣)の糞を地中に運び、それに卵を産みつけます。そして、幼虫は親から与えられた糞を食べて成長します。
 京都府内にも野生哺乳類の糞を食べて生活をするコガネムシの類が多数生息しています。オオセンチコガネとセンチコガネという体長20mmほどの比較的大型の種で、オオセンチコガネは背面・腹面ともに金属光沢を帯びた美しい甲虫です。地域によって成虫の体色・色調に変異が認められるため、それぞれに型(個体群)としての名前がつけられています。特に近畿地方ではオオセンチコガネと呼ばれる型が分布しています。成虫が哺乳類の糞を常食としていることから、成虫を誘引するため牛糞を餌として設置し、飛来行動やその地域の個体群の体色の色調などを調べました。体色の色調や分布地の概要をまとめると、次のようになります。



オオセンチコガネ(写真、左)
背面は金紫色~赤銅色~銅緑色で、腹面は緑色がかった赤紫色~明るい金緑色。京都以外にも各地で分布。
ミドリセンチコガネ(写真、一番上)
背面は銅緑色~金緑色または緑色~藍緑色、腹面は赤紫色または緑色~藍色~紫色で金属光沢。京都府と滋賀県内に連続した分布域をもち、府内では音羽山以南の山麓に生息。また滋賀県と県境を接する岐阜県・三重県の山地帯の一部にも分布。
ルリセンチコガネ(写真、右)
背面は藍緑色~藍色~紫色で金属光沢を帯び、腹面も紫藍色~紫色。奈良県・和歌山県・三重県南部に広く分布。
「近畿地方のオオセンチコガネ分布図」には、これまで確認したオオセンチコガネとミドリセンチコガネ、ルリセンチコガネの分布地を示しました。
私が直接採集した地点や、採集された個体の体色を確認した地点には、●▲■の印をつけました。また私信や文献によって分布を確認した地域は○△□の中あき印にしてあります。


~保賀昭雄原図:昭和56年3月ミドリセンチコガネ生態調査報告書より転載~



オオセンチコガネとセンチコガネの生態研究の概略について
 オオセンチコガネとセンチコガネの生態・産卵・幼虫・蛹     保賀昭雄
 【はじめに】
 下記の文章には、ミドリセンチコガネと出会ってからの思い出と、なぜ自然保護活動としてミドリセンチコガネの研究が始まったかを、さらに学問的な調査研究を織り交ぜ、読み物的に人生を振り返って書き進める。ミドリセンチコガネ生態研究会として出版した調査報告書の内容や、観察、過去に執筆した文献を元に記述を進め、今後の生態研究上の詳細な記述発表は、専門誌や学会誌への投稿を考えている。

 ミドリセンチコガネ生態調査は、尾瀬沼の自然保護が始まる前に、京都市で自然保護を訴えた画期的な物だった。当時は、環境アセスメントの法律の整備も十分ではなく、環境調査会社やコンサルと言う名の企業はほぼなかった。そのような環境下で、山間部への不燃物埋め立て式ダム建設からミドリセンチコガネが生息する音羽山山塊の自然保護活動を開始した。私の活動は、大きな新聞記事にまでなった。
行動を起こしたことが自然保護や環境調査の礎を気付く意味もあり、四手井綱英京都大学名誉教授(故)、石井象二郎京都大学名誉教授(故)、日高敏隆京都大学名誉教授(故)のお力添えをいただいた。そのため、その後の調査報告書(下記一覧参照)は、京都市清掃局埋立地建設室の調査報告書として出版した。

 昭和55年4月(1980年)に出版した報告書は、手書きコピー印刷の中間報告書で、発行部数も極めて少ない。昭和56年3月(1981年)と昭和58年3月(1983年)、昭和60年3月(1985年)出版の文献は、限定400部の印刷である。行政に渡した印刷物の残りが300部余りあって、それらをオオセンチコガネとセンチコガネの幼虫を描いていただいた三宅義一先生をはじめ、水田国康先生、塚本珪一先生、小島圭三先生らに届けた。さらに、自然保護活動の始まりとして応援してくださった、奥谷貞一神戸大学名誉教授(故)、渡辺弘之京都大学名誉教授、川那辺浩哉京都大学名誉教授らにお届けした。またミドリセンチコガネの調査研究に興味を持っていただいた正木進三弘前大学名誉教授(故)、湯川淳一九州大学名誉教授、矢島稔先生はじめ、大学の昆虫学、行動学、生態学の教授職の方々に配布した。最後になったが、調査に加わっていただいた方達に配布したことも当然のことである。

時折尋ねられるが、調査報告書を大学の図書館に入れたという話も過去に聞いたが、どこに所蔵されているかと言う配布リストはない。相変わらず、文献を入手することが難しいとの意見が届くので、研究の進展も含め、追加紹介することにしたい。
1987年度のインセクタリウムと1988年度のタカラハーモニストファンドの文献は、近日PDFをダウンロードできるようにしようと考えている。残りの文献は、ページ数も多いことから国会図書館に文献を寄贈しようと考えている。少しの猶予をいただきたい。また卵や幼虫ほかの写真は、このHPに掲載しようと考えている。20210611
 

 【ミドリセンチコガネの調査研究】                                   
 私がミドリセンチコガネと出会ったのは、高校に入学した1968年だった。学校の生物クラブに入部すると、生物クラブの顧問としておられたのが塚本珪一先生であった。当時から先生は、食糞性コガネムシへの造詣が深く、日本各地で採集し、記録や情報などを元に、糞虫地理学としてまとめておられた。
 夏のある日、生物クラブの同級生である安田重彦君が、学生服のポケットからひょいとフィルムケースを取り出した。その中には、キラキラと宝石のように輝きを放ち動くミドリセンチコガネがいた。かれはそれをを取り出して見せてくれた。塚本先生の指導と刺激から音羽山山麓でこのコガネムシを捕まえてきたという。私はきらきらと緑色に輝く、このコガネムシを見て心が騒いでしまった。
これほどまでに美しい金属光沢を放つ昆虫の生態が、未だに解明されていないことに驚いた。ついに私の私の頭の中には、ミドリセンチコガネが住み着いてしまった。生態が不明であること、行動や分布域についても不明なので、1968年の春から調べ始めた。

 当時出版されていた昆虫関連の書籍は、北龍館の昆虫大図鑑、保育者の昆虫図鑑しかなかった。その他は、戦後、各地に誕生した昆虫趣味の会など同好会の印刷物だけだった。図鑑以外に販売される昆虫誌としては、北龍館の「昆虫と自然」だけが月刊誌として存在していた。
 昆虫大図鑑 甲虫には、中根猛彦先生の監修でオオセンチコガネについて色彩の変異と分布地について書かれていた。そして生態についての記述は、「オオセンチコガネ、ミドリセンチコガネ、センチコガネの食性は、野生哺乳類が排せつした糞を食べるほか、動物の死体などにも飛来し、ときにはキノコなども食べて生活する。詳しい生態や生活史は不明である。」とだけ記されていた。色彩の変異については、「オオセンチコガネは全国に広く分布し、その多くは赤銅色を呈している。京都にはミドリセンチコガネと呼ばれる金緑色~緑色、奈良にはルリセンチコガネと呼ばれる藍色~瑠璃~紫色の金属光沢をした個体群が生息し、屋久島には瑠璃色で小型のヤクルリセンチコガネが生息する」と記述されていた。図鑑の他に糞虫(フンチュウ)の事を知るすべは、あこがれる「ファーブルの昆虫記」や「昆虫と自然」を読む以外に情報を得る書籍がなかった。

 高校生の頃は、各地にチョウの採集に出かけたり、クラブ活動として山野に行くことが多かった。あっという間に卒業の年になった。私は卒業後もオオセンチコガネに興味を持ち、分布地探しや生態の観察を一人で行っていた。18歳になり、1970年を過ぎてもこの昆虫の生態はまだ誰にも解明されてはいなかった。動物の糞を田出るというのに、なぜそんなにも美しいのか。考えるほど、成虫がいつ卵を産み、幼虫がどのような形をしているのか、何もわかっていなかったということにとてもひかれた。
 ある日のこと、「昆虫学への招待」を執筆された石井象二郎先生に、生態不明のミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)について相談をした。すると、尊敬していた石井先生から、答えを期待していた私に「僕はこの虫について君ほど知らない。本にも書いてないことは自分で調べてみたら。自分で調べたらきっと楽しいよ。」と言われた。そして、「新しいことがわかったら、またおいで」と言ってくださった。この言葉で魔法にかけられてしまい、続けてミドリセンチコガネの生態を調べ、石井先生の所に通うようになった。

 18歳になって、ミドリセンチコガネやセンチコガネの生態を、京都府と滋賀県の境界にある音羽山(標高593m)で調べ始めた。比較的急しゅんな山地の森林を思わせる山で、植生のほとんどはアカマツ林と落葉広葉樹林などの二次林によって占められ、ついでスギ・ヒノキなどの植林が見られた。
 当時の文献には、オオセンチコガネ、ミドリセンチコガネの食性は、野生哺乳類が排せつした糞を食べるほか、動物の死体などにも飛来し、ときにはキノコなども食べて生活するとしか書かれていなかった。調べてみると、その中で最も好む食べ物は、哺乳類の糞に強く誘引されることがわかった。
 
 1978年(昭和53年)、ミドリセンチコガネが最も多く分布する音羽山(通称;牛尾山)地域に、「京都市東部山間埋立地建設計画」が発表された。そこで私は、当時は個体数が少なく局地的分布しか知られていなかったミドリセンチコガネの保護活動を開始した。すると大きな新聞記事にまでなってしまった。その私の行動を、石井象二郎先生(京都大学名誉教授;故人)、日高敏隆先生(京都大学名誉教授;故人)、四手井綱英先生(京都大学名誉教授;故人)が後押ししてくださった。ご助力とご指導に重ねて感謝の意を表する。

 1979年からの継続的な調査では、近畿地方におけるミドリセンチコガネの分布地探し、生態調査、季節的消長の調査、生息地の気象、植物相、地層を調べ、1980年4月には京都市清掃局として最初の報告書を出版した。その後の調査研究を続け、ミドリセンチコガネの調査地点別に誘引トラップを設置して密度を調べる調査、嗜好性の調査、飛翔坑道、飛来行動、季節的消長、行動期間や温度、交尾行動の記録、坑道の深さ、卵巣の発達幼虫などについて研究をつづけた。

【現地調査】
 1979年の現地調査では、地上に牛糞を100ml置き、気温や風速のほかに、微風速で感応する風向計を数個並べて飛来行動を調べた。ミドリセンチコガネや他の食糞性コガネムシの糞への飛来行動は、保賀昭雄が開発した手製の「保賀式微風向計」と写真撮影で記録した。彼らの食材である哺乳類の糞への飛来は、必ず風下の方向からにおいの道をたどって飛ンで来る。ミドリセンチコガネが飛来する高度は、たいてい地上50cmから1m程度です。糞の5mほど手前までくると、においの密度が増すのがわかるようで、地上15cm位まで急に高度を下げ、ホバリング(空中停止飛行)しているかと思うほどゆっくりと確実に飛ぶ。においが強くなって糞の位置がわかるのか、真上に降下する個体や、すぐそばに降りる個体が多く見られる。着地点から糞までの距離を計ると5、10、20、30cmと糞の風下側50cm以内に着陸する個体を多数観察した。
 糞に到着後、地面と糞との境目に頭部を突っこみもぐり込む。食料となる糞を食べるときは、たいていこのようにしている。また地面が柔らかいときなどは、糞の真下に坑道を掘り、いったん自分の食料を地中に詰め込んで確保したのちにゆっくりと食べる。また前脚と頭部を糞に差し込むかのように入れて糞をひきちぎり、前脚で抱え、後退しながら糞を運んでいた。糞への嗜好性が強いことから、この昆虫の生活は野生哺乳類の個体数と密接な関係にあることがわかった。

 これらの調査観察から、食糞性コガネムシを多数発見できたならば、その近辺に獣が生息しているか、動物の糞が近くにあると考えた。府内に生息する哺乳類は、これまでの調査で大型種として、ツキノワグマ・ニホンイノシシ・ニホンジカ・中型種ではタヌキ・ホンドギツネ・テン・ホンドイタチ・チョウセンイタチ・アナグマ・キュウシュウノウサギ・ムササビ・ニホンリス・ニホンザルなどの生息が確認されていた。小型哺乳類のネズミ・モグラ・ヒミズの仲間を加えると、さらに多数の種が生息することとなる。
 音羽山山塊での動物の生息調査を、を文献調査、聞き込み調査、現地での調査として行った。現地調査の結果では、大型種ではニホンイノシシ・ニホンジカ、中型種ではタヌキ・ニホンノウサギ・ニホンザル、小型種ではホンドリス・トガリネズミ・ヒミズの目撃、目視確認をした。現地調査で動物の糞探しをおこなったが、タヌキのため糞場所が1ヶ所とウサギの糞を数回、まれにシカの糞を見る程度であった。試しにシカの糞を地表に置いたが、すぐにミドリセンチコガネが飛来して食べてしまうので発見できなくて当然であった。

【嗜好性の調査】
 これらの調査結果を元に、1980年の10月、1982年10月には、ミドリセンチコガネが食べるであろう「糞の嗜好性調査」を行った。1980年の実験には、牧場で飼育下のホルスタイン種(メス)の糞をもらい、さらに京都市動物園からはウサギ、ニホンジカ、キテン、キツネ、タヌキ、ボブキャットの糞も調査に使った。この時にはY字状の道の交点に、できる限り直線になるように置いた。また1982年10月には、谷壽一氏の協力で「ラテン方格法による無作為配置」の場合の実験もウシ、シカ、イノシシ、キツネ、タヌキで実験した。
その結果をみると、誘引性のみに限り、タヌキ、キツネ、キテンの順に飛来数が多かった。これは、自然界において成虫の食料として利用していると考えた。

 以下、下記項目で執筆の予定  続く
【生活史の調査】1980年度
 ・交尾行動
 ・季節的消長と頭部と前脛節のすり減り具合
 ・卵巣を解剖により見る
 ・卵の成熟度の様子

【生活史の調査】1981年度、1982年度、1983年度、1985年度
 ・飼育下の糞の坑道への埋め込み
 ・産卵行動、卵、卵室、幼虫、
 ・幼虫の形態的特徴・・・三宅義一先生による解析
 その他
文・写真 保賀 昭雄


ミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)とセンチコガネの
生態研究に関わる執筆文献ついて


保賀昭雄

 関連文献の概要について、以下に要約する。(2019,6,20)

 保賀昭雄がミドリセンチコガネと出会ったのは、1969年のことである。この年に石井象二郎先生にお出会いし、1978年から、本格的にミドリセンチコガネの生態研究を始める。
 ミドリセンチコガネ生態研究会として活動を開始し、生態不明であったミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)の生態研究を下記の文献にまとめた。
 文献には、近畿地方におけるオオセンチコガネの分布、生態、食性、交尾行動、卵巣の発達、産卵時期、産卵用の糞のソーセージの発見、卵、3令幼虫の写真を掲載。さらに三宅義一先生によるオオセンチコガネの幼虫の形態図、ミドリセンチコガネやセンチコガネに付着して移動する中気門類のダニの生態について記述した。

これらの内容は、1997年1月16日NHK放映;≪「夢色の虫 不思議の森」昆虫少年44歳の夏≫という番組になった。その後、海外教育番組にも選ばれた。

出版の履歴やテレビ番組をお尋ねをいただくので、下記に紹介させていただく。
 
これらの研究には、数多くの昆虫研究者に分布地の調査をお手伝いいただきました。
さらに詳細な研究段階になった折には、日高敏隆先生(故)、石井象二郎先生(故)、四手井綱英先生(故)、(以下50音順) 足立 礎氏、北山健司氏、緒方健氏(故)、佐藤芳文氏、谷 寿一氏のご協力、ご尽力で、ミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)の生態研究を続けることができた。
この場をお借りして、深く重ねて御礼を申し上げる。
 
1981年以降はミドリセンチコガネとセンチコガネを人工飼育し、1982年には多数のミドリセンチコガネの幼虫とセンチコガネの幼虫を得た。

1985年のミドリセンチコガネ生態調査報告書には、三宅義一先生(故)に、オオセンチコガネの3令幼虫の形態図を描画していただき、解説とともに発表した。その際、報告書にはセンチコガネの終令幼虫と蛹の形態図も描いていただいた。センチコガネの終令幼虫図と蛹の図は未発表のまま所蔵している。

1996年の早春から年間取材を受けたNHKの番組≪「夢色の虫 不思議の森」昆虫少年44歳の夏≫の収録中に多数の幼虫やセンチコガネの蛹と再会できたことは忘れることができない。 
                    
執筆年

書籍名・出版元等・ページ TV

1980年
S55,4
ミドリセンチコガネ生態調査報告書,ミドリセンチコガネ生態研究会,
京都市清掃局 手書きコピー印刷製本(1981年報告書の途中のまとめ)2分冊
主な内容:近畿地方におけるミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)の分布、
生態調査、季節的消長、気象

1981
S56,3

ミドリセンチコガネ生態調査報告書,ミドリセンチコガネ生態研究会,
京都市清掃局 46pp
 
主な内容:糞の嗜好性、卵巣の成熟、発達状況
1983年
S58,3
ミドリセンチコガネ生態調査報告書,ミドリセンチコガネ生態研究会,
京都市清掃局 31p

主な内容:飛翔行動、前脛節等の季節的な傷みの変化、糞に集まる昆虫
1985年
S60,3
ミドリセンチコガネ生態調査報告書,ミドリセンチコガネ研究会,
京都市清掃局 57pp
主な内容:下記はすべて日本初の発表である。産卵行動についての考察、糞塊のサイズ、ミドリセンチコガネ(オオセンチコガネ)の幼虫の写真は本邦初となる。幼虫と蛹の形態図および解説は、元進化生物研究所と解説は三宅義一先生による。
 別途センチコガネの幼虫と蛹の形態図を所蔵
1986年
S61年
近畿地方におけるオオセンチコガネの分布の概要と色彩の変異について,LAMELLICORNIA211-15
1987年
S62年
オオセンチコガネとセンチコガネの生活,インセクタリウム247):18-22
糞のソーセージの断面から頭を出すオオセンチコガネの若齢(2齢)幼虫の写真を掲載
1988年
S63年
オオセンチコガネの生態研究
TaKaRaハーモニストファンド,61年度(1986)研究報告:61-72
主な内容&写真:ミドリセンチコガネの糞のソーセージ、卵と幼虫の写真を掲載
近畿地方におけるオオセンチコガネの分布概念図、滋賀県下の調査
1989年
H1年
オオセンチコガネの生態研究 
TaKaRaハーモニストファンド,62年度(1987)研究報告:101-116
主な内容&写真:ミドリセンチコガネの糞のソーセージ、卵、2齢と3齢幼虫の写真を掲載
1991年
H3年
滋賀県下における食糞性コガネムシについて,
滋賀県自然誌:滋賀県の自然Ⅱ
1747-1765
1996年
H8年
滋賀県下にTV番組 NHK放映 ふるさと自然発見 10月16日
 「豊かな森のシンボル 糞虫」
1997年
H9年
TV番組 NHK放映;「夢色の虫 不思議の森」昆虫少年44歳の夏 44分TV 
テレビ番組の中では、オオセンチコガネとセンチコガネの生活、飼育、卵、卵室、糞のソーセージ、幼虫、センチコガネと蛹の確認、室内飼育で羽化したセンチコガネの新成虫が歩く様子が収録放映された。番組は、地上波、BS、衛星で放映されたほか、海外向けドキュメンタリーになった。すべて再放送された。テレビ放映の中で、飼育や得られた糞のソーセージ、卵、卵室、成長する幼虫、センチコガネの蛹と、羽化した新成虫が歩く様子も放映された。(H9年 11月24日 12月30日に再放送)
 登場人物 保賀昭雄、石井象二郎、日高敏隆
1996年
H8年
TV番組 NHK放映「特集ふるさと自然発見」 CWニコル 保賀昭雄 10月16日放映
海外放映
英語版
NHK Documentary 「Dream Beetles」AKIO HOGA
Dream Beetles
. DC289816 Documentary. 夢色の虫 不思議の森 “昆虫少年”44歳の夏 [NHK]. |Length : 44min. |Year : 1998 ... Akio Hoga has been studying this insect off-and-on for 30 years on his own, in an attempt to document its life cycle ...

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